『絵のある自伝 』安野光雄

 文藝春秋 (2014)

日、ワイドショーで「平成レトロ」の特集を組んでいて、昭和生まれのわたくしは「昭和だけでなく平成までもがすでにレトロなのか」と感慨深いものがあった。時代はどんどん進んで、レトロは増える。

「わたしは、島根県津和野町の今市通りで生まれた」から始まる本書は、昭和のリーディングパーソン・イラストレーターの安野光雄さんの自伝イラストエッセイだ。

オールカラーのイラストは、なんとも贅沢。帯に「心ふるえる水彩の『昭和』」「過ぎたことはみんな、神話のような世界――」とある通り、2つの時代を遡るだけで、違う国の話のようだ。日本は恐ろしく豊かになって、同時に悲しいくらいさまざまなものを失ったんだな、という事実が分かる。経済的に貧しければ、小さな幸せの種はたくさんある。

「洗濯機、冷蔵庫、テレビ、掃除機、電話などはなく、猫の額ほどの庭がついているだけでうれしかった。なすやネギを植えた」と結婚後、2部屋に3畳の炊事場の都営住宅に居を構えた安野さんは振り返る。

毎日「今日より明日は豊かになる」と未来を信じられる気持ちって、どんなんだろう。iPhoneもシャワートイレもなければ、往生してしまうわたくしが言うのもなんだが、「豊か」ってなに? とすでに使い古されて、陳腐にすら感じる言葉が、頭から溢れてきた。

わざわざ「便利さ」を手放す必要は感じないが、そんな暮らしの中で、個人がそれぞれに幸せを実感するためには、貧しい時代よりシンプルな心が必須なのかな、なんて思う。

本書を愛する理由はこうした内容にもあるが、もうひとつ、イラストエッセイであること。味のあるイラストとまっすぐに響くエッセイとの組み合わせは無敵だ。大好物! 何より、昭和がカラフルだったことが分かる。

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