『樽とタタン』中島京子

 新潮社(2020)

『小さいおうち』で直木賞を受賞した中島京子さんの短編集。

30年以上前に小学生だった主人公・タタンは、鍵っ子。上手に周りと打ち解けられない彼女は、唯一、心が通いあった祖母を亡くして以来、時折祖母と訪ねた喫茶店で、母親が帰宅するまでの時間を過ごすことになる。

喫茶店の常連は、老小説家、歌舞伎役者の卵、その歌舞伎役者を応援する神主や恋人、謎の生物学者に、冬になると現れるサンタ・クロースそっくりの外国人男性などなど。それぞれに個性的で訳ありな雰囲気の漂うくせ者ばかりだ。そんな常連客とタタンの9つの物語はどれも不思議な魅力に溢れているが、読み終えて、最初の感想は「タタン、羨ましい!」。

小学生にして豊潤なコーヒーの香り漂う喫茶店の常連なんて! くせ者揃いの大人たちに一目置かれているなんて! 真実とウソと幻想が入り混じった大人の事情を盗み聞けるんて! いいな~、いいな~、いいな~。

いまは違うのかもしれないが、昔の子どもは大人の話に首をつっこもうとすると、決まって「子どもは向こうに行ってなさい」と言われたものだ。

大人になれば、大人の話も色恋沙汰やお金の問題など下世話な話も多く、ましてや幸せな話ばかりではないと理解できるが、子どもはその話に入っていけないがゆえに、秘密めいた宝石が潜んでいそうで、耳をダンボにしてしまう。 子どもが出入りしにくい喫茶店という場所は、そんな玉石混交の話がテンコ盛りのアメイジングワールドでもある。そこで生まれた9つの物語がつまらないわけはない。

秀逸なのはタイトル『樽とタタン』。主人公のタタンが店にある赤い珈琲樽に入って過ごすゆえのタイトルだが、カタカナに変換すれば、あの美味しい洋菓子〝タルトタタン〟となる。なんとも洒落た遊び心!  装丁に描かれた佐藤香苗さんの装画もいい。

sachikoi