『三度目の恋』川上弘美

中央公論新社 (2020)

友人に勧められてタイトルを見たとき、文字通り「三度目の恋の話」か、と思った。間違ってはいないが、実際にはもっと壮大、在原業平の伊勢物語をモチーフに女性誌『婦人公論』で2年強にわたって連載された大作だった。ご存じの通り、川上弘美さんの小説は奇譚の香りがする。本書もしかり。そして日本語の美しさを改めて認識する点も変わらない。

主人公の梨子は幼い頃から大好きな原田生矢に恋をし、結婚する。生矢は男女問わずに人を惹きつける魅力的な男で、来る人を拒まない。一方で多くの人に心を開くのが苦手な梨子が心を開いた数少ないひとりが小学生時代の用務員・高丘さんだ。小学校の休み時間はいつも用務員室で彼と話をしていた。しかし、ある日突然に高丘さんは旅に出てしまう。

物語が進展するのは、大人になった梨子が高丘さんに再会するところからだ。悠久のときを生きているような彼は梨子に「きみも魔法を使えるようになるよ」と言う。そして彼女は、夢の中で江戸時代の𠮷原で働く花魁・春月になり、平安時代に在原業平の正室であった姫の女房となる。そして、いつの時代も高丘さんと思しき男性と縁を持つ。話は現代・江戸時代・平安時代と3つの時代を旅するのだ。それぞれの時代を経て、梨子が知る愛の本質とは?

あとがきを入れて388ページの大作だが、一気に物語に引き込まれて、抜け出せない錯覚もおぼえる。私たちが生きるのは「いま」だが、実のところ、魂はいつから続いているんだろう。過去に体験した想いの積み重ねが、いまの自分を作り、未来に繋がっていく。なんてことも改めて思ったりした。

読後感はさわやか。正しい小説に詳細な調べものは欠かせないが、本書を読むと江戸時代の遊郭や平安時代の貴族の暮らしも分かる。小説の品格を感じる一冊だ。

 sachikoi