『タダキ君、勉強してる?』伊集院静

集英社 (2022)

伊集院静さんがその人生で〝先生〟と考える人々とその思い出を1冊にまとめた本書。

タイトルにある「タダキ君」は氏の本名、西山忠來(ニシヤマタダキ)である。その大小の差はあれ、学びの場にはいつでも恥が潜んでいる。小説家自らの筆では、意識的に、あるいは無意識に避けてしまう「恥ずかしいこと」をできるだけ正確に伝えるために、本書では「話す」形を取り、それをライターの大谷道子さんがまとめている。帯にもあるように「西山忠来少年はいかにして伊集院静となったのか」、その輪郭が本書を読むと理解できる。人は人によって育てられるのだ。

登場する“先生”は29名。両親や早逝した弟、学校の教師、仕事仲間や遊びを教えてくれた人、作家の先輩や後輩など、登場する人々はいずれも少し風変わりで、とことん魅力的だ。なるほど、こうした人々から伊集院さんは学び、彼らの言葉や所作や空気を逸らすことなく、自分の内側に蓄積していったのだなぁ、と思う。

読み終えると、自分も本書に登場する伊集院さんの先生から教えていただいた気持ちになり、学びのお裾分けをいただいた気分。それにしても、こんなに個性的な先生がたに愛される氏は、やはり只者ではないと感じる。

もう30年以上も前に、女性誌の仕事で伊集院さんをゲストに旅をしたことがある。私たちスタッフの到着も相当早かったと記憶しているが、すでに氏は席に座り、私たちを観止めると,すくっと立ち上がり、「伊集院です」と頭を下げられた。2泊3日だったか、3泊4日だったかの間にたくさんのことを教えていただいた。そのひとつひとつをちゃんと覚えているが、中でも心に残っているのは、取材中にメモを取る私に「紀行文の取材では、メモに頼らず、記憶に残ったことを大切にしたほうがいい」という助言。それ以来、私は紀行文の取材時にメモを取ることを止めた。

自らの先生を思い出す一冊でもある。

by sachikoi