『野原』ローベルト・ゼーターラー

 新潮社 (2022)

パウルシュタットというオーストリアの架空の町に生きた、二十九名の死者たちの語りに耳を傾ける一人の男。何を話しているかはわからないが、死者たちの声は鳥のさえずりや虫の羽音と同じように、はっきり聞こえると。死者たちは、過ぎ去った出来事になど、もはやなんの関心もないかもしれない――。しかし、語るのだ。

二十九名の死者たちの語りには、謎や誤解が残り、時におろかな自己弁護さえはらんでいる。なかには、「馬鹿どもが」と一言のみ語る死者もいる。そうした不完全なものとして、死者たちはそれぞれの来し方や、忘れがたい一瞬について物語ることを試みているように感じる。

自分だったら何を語るのだろうか――。未熟な考えで選択してしまったある後悔のこと? 生き別れしてしまった友や恋人のこと? 叶えたい未来に努力が足りなかったこと? あまりぱっとしない。なぜなら、他人にとっては「とるに足らないもの」だから。死後に何を語るのかわからないが、どうしようもなく考えてしまう。だからこそ、今を懸命に生きようとするのだろうか。

もちろん、ここに書かれていることはフィクションではあるが、物語だという思いが頭から消えてしまうほど、他人の死と生を間近に感じ取ることができる。心に大きな揺さぶりをかけてくる一冊。