『パリのおばあさんの物語』スージー モルゲンステルヌ, セルジュ ブロック他

千倉書房 (2008)

物語は37ページ。翻訳した女優の岸恵子さんのあとがきを入れてもトータル40ページ。1ページごとに指にしっとりくる厚みがあり、紙は上質。手にした瞬間に、「本はこうでなくちゃ」と愛おしい気持ちになる。思わず本の匂いを嗅いでしまうこの感じ。久しぶりだ。

フランス生まれの絵本画家、セルジュ・ブロックさんのイラストは繊細でいてユーモアを含み、60冊以上の絵本や小説をフランス語で執筆したアメリカ人作家のスージー・モルゲンステルヌさんの物語は、淡々と進んでいく。そして、この物語に出会うまでは「翻訳は引き受けない」と語っていたという岸恵子さんの訳は原作に忠実でありながら、私たち日本人に分かりにくい箇所を書き直し、知的だ。

主人公の90歳のおばあさんはユダヤ人。夫は天に召され、子どもも巣立ち、パリの小さなアパルトマンにひとりで暮らす。

重いものも持てないし、お金を瞬時に見極める視力もなくなり、買い物もひと苦労。どうにか家にたどり着いて、小さな鍵穴に鍵を差し込めれば、やっとホッとできる。年を重ねて、大好きだった手芸や山歩きはできないし、好物を料理しても胃が受け付けてくれないけれど、おばあさんは思う。

「やりたいこと全部ができないのなら、できることだけでもやっていくことだわ」

そして、心は〝過去〟と〝現在〟を旅する。夫と婚約をしていた頃のパリ、戦禍にユダヤ人収容所に捉えられた夫、子どもを修道院に預けてドイツ兵から隠れていた日々……。

おばあさんに「もう一度、若くなってみたいと思いませんか?」と尋ねると、

「いいえ。わたしにも、若いときがあったのよ。わたしの分の若さはもうもらったの。今は年をとるのがわたしの番」と答える。

人生の最終章だから分かること、少しの寂しさを受け入れながら、おばあさんの人生は続く。穏やかで、静かな気持ちになる1冊。

by sachikoi