『傷のあわい』宮地尚子

筑摩書房(2025)

トラウマ、暴力、記憶、沈黙――
語られたことと語られなかったこと。
その「あわい(間)」にあるものを、
そっとすくい上げるような一冊でした。

「逃げること」=「弱さ」だと決めつけなくてもいい。
根を下ろさないからこそ、見える景色がある。
〈移住〉は、ただの物理的な移動ではなく、
人生の「転」を受け止める、
リミナルな時空間をつくる試みなのかもしれない――
そんな視点にはっとさせられました。

なぜ、いまこの本が出たのか。
なぜ、いまこの人たちの物語を語り直すのか。

宮地さんは、過去の「他者の物語」を通して、
自分自身の「現在地」を静かに問い続けている。
語られた物語は、読み手の内側にも息づき、
やがて“心の住人”のように存在し始める。
そしてこの本もまた、
読んだ人の人生に小さな転位を起こしていく。

* * *

1年半ほど前に出会った同著者の『傷を愛せるか』。
『傷のあわい』を読み終えた直後に、思わず再読しました。

精神科医でありながら、「診断」や「治療」といった明快な枠組みに自らを閉じ込めることなく、むしろ言葉にならないもの、こぼれ落ちるものにこそ目を向けておられる。
その視線は、いつしか自身の内面へと向かい、読者にもまた問いを返してくる。
その誠実な揺らぎこそが、私たちの心にそっと触れてくるのだと…。