『『ニューヨーク・タイムズ』のドナルド・キーン』ドナルド・キーン

中央公論新社 (2022)

米コロンビア大学名誉教授で日本文学者として知られた著者。1922年ニューヨークで生まれ、2012年日本国籍取得、2019年この世を去るまで日本の魅力を世界のみならず、日本の私たちへも伝えてこられた。本書は1955年から87年、33歳から65歳にかけて米紙「ニューヨーク・タイムズ」に寄稿した27本の書評やエッセーを集成したものである。

井原西鶴や近松門左衛門の作品、谷崎潤一郎や三島由紀夫らの小説についての論評は秀逸であり、読み応えがある。なかでも「川端康成のノーベル文学賞受賞」で展開される三島論、自刃直後に書かれたという「ミシマー追悼・三島由紀夫」には深い感銘を受けた。「大歌舞伎、初のニューヨーク興業」では、近松の“芸は実の虚の境にある”との言葉を引用。日本文化の真髄を端的に表現しており、興味深い。「瀬戸内紀行」は単なる観光随筆に終わらない論考だ。読者は古事記の神話から、平家と源氏の大決戦、さらに広島への原爆投下に思いをはせるだろう。

他にも「戦後、日本人は変わったか?」「超大国日本の果敢ない夢」など、文学や文化という範疇を超えて、日米関係の流れや、当時の時代背景を浮き彫りにする小論が並ぶ。まさに著者の目を通して描かれた“もう一つの日米戦後史”だ。流麗な訳文にもよるのだろう、専門的な話題であっても読みやすい。 あくまでも米国の読者に向けて書かれたものだが、忘れかけていた日本の魅力を私たちに発見させてくれる好著だ。表紙を飾るのはニューヨークを歩く著者の写真。本書には、誰よりも日本を愛し、深く知ろうとした「キーンさん」の、好奇心旺盛で颯爽とした知性の歩みが詰まっている。更には、グルメリポートまでも織り交ぜた多彩な構成で読者を楽しませてくれる。