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『約束された移動』小川洋子
小川さんの作品には、いつも不気味さが備わっているが本書も例外ではない。老いた女性の身だしなみの奇矯さや、人間の眼球に卵を産むハエ、クラブの裏口のゴミ捨て場の不潔さと乱雑さ、黒子羊の死と死体の詳細な記述に思わず目を覆いたくなる短篇集が並ぶ。それでも読者は、そっとゆっくり目を開きながらページをめくる手を止めることはできない。
この短編集の主人公たちは名前を持たないかわりに、みな職業に並々ならぬ誇りを持ち、淡々と遂行する。ホテルの客室係、市民病院の案内係、エスカレーターの補助員、託児所の園長、希少言語の通訳……
褒めてもらえない誰かを励ます資格があるのは、同じく褒めてもらえない役目を負っている自分だと、お互いに了解し合っている――「ダイアナとバーバラ」より
誰にも気づかれないような細やかな仕事は、誰からも褒めてもらえない、見てもらえない、気付いてさえもらえない。けれども、それに気付いている人がいる。それは誰かを明確に言語化された小川さんに本気で痺れます。