『灯台からの響き』宮本 輝

集英社(2023)

中華そば屋を営む62歳の康平(主人公)は、妻を失って以来休業し、ひきこもりのような生活を送っている。そんなある日、妻宛ての古いハガキ(妻自身はまったく覚えがないと言っていた)が康平の書架に並ぶ『神の歴史』に挟まれていたのを偶然みつけたところから物語が動き始める。そのハガキに描かれた「灯台」に引かれるようにして、妻の過去を探しに踏み出していく。

本書の魅力は、家族を養うために必死に働き続け、弱音はできるだけ口にしなかった男性が称賛された最後の世代でもある康平が、ハガキの謎を解くために自ら外の世界と繋がっていくところにあるような気がする。決して現代風な作品ではないが、その叙述からほっとする。宮本さんが描く人物はいつも優しさと強さを兼ね備えており、読後感がとてもいい。また康平が全国の灯台を訪れるなかで、この灯台は自分もみてみたいと思わせる場面がたくさんある。

これは、青森県の尻屋埼灯台を表現された一部。

動かず、語らず、感情を表さず、海を行く人々の生死をみつめてきた灯台が、そのとき康平には、何物にも動じない、ひとりの人間そのものに見えていた。空の色と海の色と霧の色によって、灯台はみずからの色を消してしまったかに見えるが、びくともせずに、日が落ちると点灯して航路を照らしつづける(P.335)

いくつもの灯台が孤独な姿を現しては、登場人物たちの人間模様を照らしていく。