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『藍を継ぐ海』井与原 新

新潮社(2024)
色んな地方を舞台に、5編の短編が収められた直木賞受賞作。土地の自然や歴史を踏まえながら、深い人間ドラマが描かれています。「夢化けの島」(山口)、「狼犬ダイアリー」(奈良)、「祈りの破片」(長崎)、「星隕つ駅逓」(北海道)、「藍を継ぐ海」(徳島)――どの作品からも、作家・伊与原さんの揺るぎない信念を感じるほどです。
ダイナミックな自然のなかで、人の悩みなんてほんの「点」にすぎないように思えます。それでも、その「点」は、時に自然に匹敵するほど深いものなのだと。また作中に登場する科学や地学の知識にも引き込まれ、一編ごとにどれほどの取材や文献調査が重ねられたのだろうと圧倒されました。
なかでも「祈りの破片」は、心を揺さぶられる一編でした。被爆した長崎・浦上天主堂の破片を収集した地質学者の執念の記録。そこに記されていた「M氏」とは誰なのか……その姿が見え始めてからは、ページを捲るたび息を飲みました。
黒く焦げた敷石に、菊の花びらと細い茎の影が焼き付いている。その影の方向を、方位磁針を使って二人が丁寧に測る場面――その情景がはっきりと映像になり、涙が止まりませんでした。
戦争を知らない作家たちが、文献やインタビューを重ね、一つの物語として紡いでいく。こうして歴史を繋ぎ、語り継いでいく――その行為こそが、文学の力なのだと改めて思い知りました。「直木賞受賞作だから当然」ではなく、賞の有無にかかわらず、多くの人に手に取ってほしい……そう強く思わせてくれる一冊。