ACTIVITIES
『f植物園の巣穴』梨木香歩

朝日新聞出版(2012)
もし、自然の中にある神秘的なものを通じて、人生や存在の深淵に触れるような読書体験ができる本を挙げるとしたら、私は迷わず梨木香歩さんの作品を選びます。本書もまた、その感覚を存分に味わえる一冊です。
物語は、植物園で働く主人公が園内にある「巣穴(うろ)」に落ちたことをきっかけに、現実と幻想が交錯しながら展開していきます。初めは戸惑いながらも、ページをめくるうちに主人公とともに異界へと足を踏み入れ、気づけば自分も物語の中にすっぽりと入り込んでしまうほど。
「内面と向き合う」というのは、決して意識してできるものではなく、ある瞬間にふと訪れる――主人公は、うろに落ちたことで記憶を辿り始め、自らの内面と向き合うことになります。その姿を追っているうちに、私たちの記憶は本当にそのままの形で残っているのか? 自分にとって都合よく書き換えてはいないか? 今まで確かだったはずの過去すら揺らぎ、誤魔化しながら生きているような気がして少し怖くなりました。
それでも物語の終盤には静かな安堵があり、読み終えたときには心が浄化されたような感覚に包まれました。本が持つ力とは、こういうものなのだと改めて実感します。現実のすぐ隣に広がる、見えない世界の存在をそっと感じさせてくれる物語でした。