『恋するように旅をして』 角田光代

講談社(2005)

日本でのんびり暮らしていれば、スリや強引な勧誘に遭うことはまずありません。すれ違いざまに身体をさわられたり、日本語に訳したくもないような言葉を投げつけられたり、泊まっている安宿にまでついてこられたり……そんな経験もしなくてすみます。それはわかっています。でも不思議と、休みのたびにバックパックを背負ってしまうのです。

海外ひとり旅が好きだと言うと、多くの人は眉をひそめながら心配してくれます。そんな人に配って歩きたいのが、角田光代さんの『恋するように旅をして』。角田さんの旅行エピソードがいきいきと(というか、けっこう赤裸々に)描かれていて、旅好きの気持ちを代弁してくれているのです。角田さんは私と完全な“同類”です。本書を読んで、「私の旅日記を見て書いたの?」と(プロの作家さんに対してたいへん失礼ながら)驚いたほどでした。

もちろん、ひとつとして同じ旅はありませんし、よくよく見なくてもディテールは違います。でも、極寒の夜行バスの中で爆睡している薄着の人を見て「人はわかりあえるなんてうそだ」と悟った経験から、「旅でどんな人々を出会えるかは、完全に運しだい」という持論、はたまた「自分の中に地図をつくりたい」という動機で旅に出ていることまで、何から何にまで似ているのです。違うのは、アルコール耐性くらいかもしれません。

本書を読んでいるあいだ、「さみしくなったら、日本人をナンパするよね! わかる、わかる」「私なんてさ、南米に行ったときに……」「方向音痴なのに、結局なんとかなるのはなぜなんだろうね?」などなど、角田さんとあれこれおしゃべりをしている気分でした。旅に出たくてうずうずしたり、ついうっかり過去の旅の思い出にひたって仕事が手につかなくなったりする、ちょっと危険な一冊です。

ゆい