『八月の母』早見和真

 ‎ KADOKAWA (2022)

2014年8月――。愛媛県伊予市に立つ市営団地の一室から少女の遺体が見つかった。逮捕されたのは36歳の女と、その息子・娘を含む家に出入りしていた複数の未成年者たち。本書は、愛媛県へ移住した作者が、この実際に起きた凄惨な事件に端を発し描いた長編作である。

強烈な愛と憎しみで結ばれた三世代の母娘「美智子、エリカ、陽向」。前半は、親の愛に恵まれていなかった美智子の人生が描かれており、後半に向けてこの物語の主役となる美智子の娘エリカにバトンタッチされ、エリカもまた、親の愛情に飢えたまま成長していく。

大人になったエリカは、彼女自身が幼少時代に求めていた「母親の愛情」を行き場のない青少年たちにも注ぐようになる。特に被害者の少女に対しては我が子以上に強い関心を持ち、可愛がっていた。他人の子どもにも異常な愛を注ぐ母――エリカの娘(長女)は強い嫉妬、怒り、焦りが沸き起こる。次第にその負の感情は周りの友人たちにも飛び火し、集団暴行へとエスカレートしてしまうのだ。ただ、暴行を受け続ける少女には逃げ出せる機会が何度もあった(実際でもそうだったようだ)。しかし、少女がそこに留まり続けた理由の背景にも母親との関係性がみえてくる。

女性であれば、誰しも一度は母との関係、娘との関係に悩んだことがあるのではないだろうか。その問題は根深いこともあり、時に大きく人生を左右することさえもある。本書は男性作家が容赦なしに歪んだ「母性愛」を描いているが、違和感を感じさせることはなかった。単にこの事件の真相を知りたいという興味から手にした本だが、母性とはなんなのか……と深く考えさせられる一冊になった。