『おいしいもので できている』稲田俊輔

リトル・モア (2021)

南インド料理専門店「エリックサウス」の創業者であり、様々なジャンルの飲食店やメニュー開発を手がけている、自称変態料理人である著者が定番の「おいしいもの」を一品ずつ語り、食べ物への偏愛が注ぎ込んだエッセイ集。

「世の中に、まずいものなんて無い」ということばで始まる本書は、料理・食事への尋常ではない愛情と、それを表現する著者の文章力が光る。食を描写する文体が上品で「グルメな昭和紳士」のような雰囲気を醸し出している。

月見うどんの一口目だけを食べたいがために王様のように10杯ほどテーブルを並べてその一口目だけを食べていくという妄想。たくさんの卵を使い、たっぷりのデミクラスソースがかかったオムライスは、一口目から全開の美味しさを堪能できるが、そこにはそれ以上のドラマがない。一方、薄い卵のオムライスには、ささやかだが食事全編を通しての起承転結があり、主役のチキンライスを引き立てる役割を全うする――と悟る著者。

深い洞察力と思わず唸ってしまう著者の、職への飽くなきまでの探求心に驚かされる。また「ローカライズされた珍和食」や「コロッケはそれに土星ぐらいの輪をかけて面倒くさい」など、言い得て妙な表現が光る。素材や調理法を競うのではなく、その背景にあるストーリーを重視するスタイル。著者の食べることに正対する姿勢に尊敬の念を覚えるとともに、深い教養を感じられる作品。