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『風をとおすレッスン』田中真知

創元社(2023)
エジプトに8年に渡って滞在し、中東やアフリカを旅する中で「コミュニケーション」や「対話」について深く考えるようになった著者。その視点で書かれた内容は、目新しいレッスンというよりも、どこか親しみを感じるものでした。導入されている具体例がとてもやさしくてユニークで、私好み。だからこそ、本当に一章一章を大切に読み進めた一冊です。
たとえば、「期待しないコミュニケーション」を伝えるために、著者が飼っているカメやダチョウの生態を例に挙げたり、「私」とは一人ではないことを、ポール・ギャリコの『七つの人形の恋物語』に触れて伝えていたり……。さらに、「開かれた対話(オープンダイアローグ)」については、民族学者の宮本常一氏の『忘れられた日本人』を通してわかりやすく解説してくれています。
「対話は会話や議論とは違う」というのは漠然と理解していましたが、それを明確に言語化できていませんでした。本書を通じて、対話は“互いが安全に傷つくため”にあるという言葉に心を打たれました。人は傷つかずには生きられないからこそ、傷が取り返しのつかない深さにならないように対話を続ける――この考え方が、すとんと腑に落ちたのです。
「あいだで考える」シリーズは本書で2冊目ですが、その時々の自分に必要だと思ったタイトルをそっと手に取るのにぴったりだと思います。1冊目は『自分疲れ』でした。自分に向き合うことに疲れていた時期に手に取った本です。今回の『風をとおすレッスン』も、今の自分に必要な一冊でした。また、nakabanさんの装画や本文に差し込まれたイラストも気持ちいい風がとおっているようでした。