『耳に棲むもの』小川洋子

講談社(2024)

演奏者たちの顔がホログラム箔押しになった豪華な装丁。小川洋子さんの本に限っては、いつも事前の情報を入れず、ゼロの状態から読み進めています。今回も、カバーに描かれた楽器や奇妙な音楽隊を見て、「どんな音楽の物語が展開されるのだろう」と、胸が高鳴りました。

本書は、補聴器のセールスマンを主人公とした連作短編集。しかし彼は、冒頭ですでに遺灰となっています。

クッキーの空き缶をカラカラと鳴らしながら歩く彼の人生の断片を追い、その缶の意味を考えながら物語は進んでいきます。小川洋子さん特有の、静謐で幻想的な世界観に包まれたこの作品は、読者を決して裏切りません。

自分の提供した補聴器で、顧客の耳の穴が塞がれるたび、セールスマンさんなぜか安堵を覚えた。仕事をはじめてからすぐの頃からずっと変わらずそうだった。製品が売れ、お客さんが喜んでくれて良かった、というのとは異なる種類の、心の動きだった。もっと個人的で秘密めいていた。洞窟の小部屋の扉は閉じられた。ああ、これで、耳の奥に棲むものたちがこぼれ落ちる心配はない。安全な居場所に閉じこもることができた。

彼は孤独な少年時代を耳の中に棲む不思議なカルテットと共に過ごしてきました。流した涙が音符に変わり、美しい音楽を奏でる彼らの存在は、老いても死ぬまで記憶の中にあり続けます。